1. 諸言
水素はアンモニア合成や石油精製に用いられており,近年では環境への負荷が小さいエネルギー源としても注目を集めている.水素の製造には,主に炭化水素の水蒸気改質法が用いられている.このプロセスは低コストで大量に水素を製造することが可能であるが,副生成物として多量の二酸化炭素を生成する.また,二酸化炭素を排出しない手法として水の電気分解法が挙げられるが,コストが高く,大量生産には不向きである.
そこで本研究では,熱プラズマによる炭化水素の熱分解法に着目した.熱プラズマは高温・高化学活性を有し,高速かつ大量の水素製造が可能となる.また,酸化雰囲気とする必要がないため,プロセス由来の二酸化炭素の排出を抑制できる.さらに,カーボンブラックなどの有用な炭素材料と水素を同時に合成することが可能である.熱プラズマによる水素製造はエネルギー的な観点からは不利であるが,副生固体炭素を有価物として活用できるため注目されているプロセスである.
本研究では,新規な熱プラズマ発生手法であるロングDCアークを用いた.ロングDCアークは,従来のDCアークに比べ一桁以上長い電極間距離(300
mm)を有しており,プラズマ体積が大きく被分解物質の滞留時間を長くすることができる.そのため,効率的な分解プロセスの構築が可能となる.本研究では,ロングDCアークを用いた炭化水素の熱分解による水素とナノ炭素材料の同時合成を目的とした.
2. 実験装置および実験方法
実験に使用したロングDCアーク発生装置は主に,プラズマ発生用電源,プラズマトーチ,冷却水供給システム,フィルターおよびポンプからなる.電極は陽極,陰極ともCu電極を用いており,電極間距離は230
mmに設定した.アーク電流値を10 Aとした.原料は,天然ガスの主成分であるCH4 (0.50, 1.00, 1.25, 1.50 , 1.60
L/min)とし,原料ガス流量の依存性を調査した.原料ガスはプラズマガスAr (30 L/min)とともに,反応管上部から混合ガスとして供給した.
反応後の気体はナノ粒子生成チャンバー,フィルターを経て排気される.気体生成物はインライン式のガスクロマトグラフを用いて分析した.フィルターにて回収された固体生成物は走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM),ラマン分光法によって分析した. また,CH4濃度が及ぼすアーク変動への影響を評価するため,高速度カメラ(Phantom Miro, Vision Research)によるアークの観察を行った.撮影速度は1800fpsとした.
3. 実験結果
CH4を導入してないArのみの条件では,上部の陰極と下部の陽極間で,比較的直線状のアークが形成されている.それに対して,CH4を供給している条件では,アークが大きく湾曲し,複雑なアーク経路が形成されている.特にCH4流量の増加に伴い,アーク経路がより複雑に湾曲している.上述のような特徴的なアーク変動が生じる原因は,アーク自身の自己誘導磁場によるローレンツ力が作用するためである.CH4供給条件では,解離したCの電離エネルギーが比較的小さいため,
アークの揺らぎ等でCH4の分解が不均一になった際にアーク電流密度に偏りが生じる.その結果,湾曲する方向に働くローレンツ力の影響が強く生じている.
CH4流量の増加に伴いアーク電圧が増加している.これは,投入されたCが増加することで,アークがより複雑に湾曲し,放電パスが伸長したためである.このような放電パスの伸長は,アーク電圧の増加に伴うエネルギー的なロスがある一方で,流体を均一に混合する効果が期待できる.
ガスクロマトグラフによって得られたCH4熱分解後の気体生成物は,H2,CH4,C2H2,C2H4,およびC2H6であった.これら気体生成物の組成をFig.
4に示す.主要な生成物はH2であり,CH4流量の増加に伴いH2の気中濃度は増加した.この時のH2の濃度は,79-90mol%であった.CH4流量の増加に伴い分解率は増加し,CH4流量が1.6
L/minの時に最大値である88%となった.CH4流量の増加に伴い分解率が増加した要因は,アークが複雑に変動することにより,反応管内の原料が均一に混合されたためである.
固体生成物の観察のため,SEMおよびTEMを用いた分析を行った.SEM画像とTEM画像観察により,粒状の凝集体およびシート状の構造体が確認された.ラマン分光法において,すべての条件において炭素材料に特有のDバンド,Gバンド,D’バンド,2Dバンドが確認された.Gバンドはグラファイト構造が存在するときに生じ,2Dバンドはグラファイトやグラフェンなどの結晶性の高い炭素材料に顕著に現れる.TEM画像と2Dバンドから,ナノグラフェンの生成が確認された.ナノグラフェンは高付加価値な炭素材料の一種であることから,本研究の目的である,水素とナノ炭素材料の同時合成に成功したといえる.
4. 結言
ロングDCアークを用いたCH4の熱分解により,水素とナノ炭素材料の同時合成に成功した.実験の結果から,ロングDCアークシステムは,炭化水素の高い分解能とH2の安定した生成能を有していることが示された.さらに,得られた固体生成物は有用な炭素材料であるナノグラフェンであった.本研究で得られた知見により,ロングDCアークが水素製造における有効なツールとなることが期待される.
解説
- 渡辺隆行, 田中学, 赤松宏一, 藤井皓一朗: メタンからの高効率連続水素生成技術の研究開発動向, 日本学術振興会プラズマ材料科学第153委員会第160回研究講演会資料,
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