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論文題目「金属内包シリカナノ粒子の生成過程の第一原理シミュレーション」

山中祐希

緒言
金属を内包する非晶質ケイ酸塩ナノ粒子は,金属の保護や比表面積が大きいなどの利点から,磁性材料として期待されている.そのため,多くの研究報告例がある.その中に,熱プラズマを用いた金属内包非晶質シリカナノ粒子の合成が報告されている.この手法は,高純度のナノ粒子を大量製造できる点が他の合成手法より優れている.しかし,金属内包非晶質シリカナノ粒子の生成機構の理解は不十分である.特に,Fe,Ni,Snに関しては,同様の生成過程を経るにも関わらず,金属内包度合や形態に差がある点が解明されていない.
そこで本研究では,熱プラズマ中での金属内包非晶質シリカナノ粒子の生成機構を解明することを目的とする.第一原理計算は実験によらずに電子状態から物性や物理現象を調べることができるので,強力な研究手法である.金属を内包するシリカに第一原理シミュレーションを適用し,原子配列の変化の観察や基底状態でのエネルギーの比較を行い,シリカ中での金属の挙動の解明を試みた.

計算手法および計算モデル
計算手法
第一原理計算では量子力学に基づいたシュレディンガー方程式を密度汎関数法や断熱近似などによって近似して解くことにより電子状態を計算する.密度汎関数理論は基底状態において電子系のエネルギーを電子密度ρの関数として解けるというものであり,HohenbergとKohnによって1964年に提案された.Kohn-Sham方程式を解くことで電子系の全エネルギーが計算できる.また,原子にかかる力が最小になるように原子を動かし,安定な構造での全エネルギーを求める(構造最適化).
非晶質ケイ酸塩の支配的物質は非晶質シリカであると考え,シリカ内に金属Fe,Ni,Snを配置して構造最適化を行った.その結果から金属のシリカ中での内包傾向や金属の凝集傾向を考察する.

シリカおよび金属のモデリング
実験で得られているシリカはアモルファス構造であるが,アモルファスを扱うのは計算コストが大きすぎて現実的でない.そこで,結晶性シリカの構造の中で,アモルファスシリカと同等の密度を持つダイヤモンド構造を使用した.格子定数は0.7477 nmとした.ダイヤモンド構造はSiO4四面体が頂点を共有して連結している.
金属のモデルとして,13個の原子からなる正20面体クラスター構造を使用した.正20面体クラスターは1個の原子を12個の原子が取り囲んでいる5回対称性を持った構造である.原子がなるべく多く結合しようと3次元的に密集しており,金属結合を持つ金属原子クラスターにおいてしばしば安定な構造になる.

金属内包シリカのモデリング
金属内包シリカバルクモデル
金属をシリカの内部に配置した構造をモデリングするために,上述したシリカと金属クラスターを用いた.シリカのモデルとして単位格子を全方向に2倍したスーパーセルを使う.シリカ内部ではSi-O結合を切らないように結晶の隙間に金属クラスターを配置した.金属種はFe,Ni,Snとした.

金属内包シリカスラブモデル
表面をもつシリカをモデリングするために,上述のシリカバルクモデルの表面垂直方向に,1 nm以上の真空スラブを付加した(スラブモデル).このモデルでは,表面を水素で終端することで不活性化させた.金属を,シリカ内部またはシリカ表面に配置した構造を比較することで,シリカ中での金属の内包傾向を評価した.シリカ内部ではバルクモデルと同様の金属配置とした.一方シリカ表面では,物理吸着するように表面酸素の隙間に金属を配置した.なお,検討する金属種はFe,Niとした.

結果と考察
金属内包シリカバルクモデル
バルクモデルの構造最適化後の原子配列や凝集エネルギーから,金属のシリカ中での凝集性の検討を行った.凝集エネルギーEcを電子系の全エネルギーから算出した. Enはn個の金属を配置したスーパーセルの安定原子配列時の電子系の全エネルギーである.Ecが正であると,原子は凝集しクラスターをつくりやすい.
Fe,Niは概ね正20面体構造を形成していたが,Snでは,Si-O印環がクラスターの凝集を阻害していることが確認された.このことより,Snはシリカ中において凝集できず,多数のSn粒子を形成することが示唆された.
凝集エネルギーを算出すると,FeはNi,Snよりも凝集エネルギーが高いことが確認できた.凝集性が高ければ,より大きなクラスターをつくることが示唆される.既往実験では,FeはSnよりも大きな金属粒子が内包されていたことが報告されている[1].以上より,シリカ中での金属の凝集性が内包金属粒子径の決定因子であることが推察された.

金属内包シリカスラブモデル
スラブモデルの構造最適化後の原子配列や全エネルギー比較から,金属のシリカ中での内包傾向の検討を行った.構造最適化計算で得られたFeとNiの原子の安定配列において,内包させた場合は,バルクモデルと同様に概ね正20面体クラスターを形成しており,表面の影響はないと考えられる.表面に付着させた場合は,FeはNiに比べて垂直方向に伸びた構造となっていた.
全エネルギーを比較したところ,内包時と表面付着時のエネルギー差はFeで2.35×10-18 J,Niで0.80×10-18 Jであった.これは,Fe,Niともに内包された構造が安定であり,Feの方がより内包時の安定性が高いことを意味する.既往の合成実験では,FeはNiよりも金属内包率が高いという結果が報告されている.従って,内包時と表面付着時におけるエネルギー差,すなわちシリカ中の金属クラスターの安定性が,金属内包シリカナノ粒子における金属内包率の決定因子であることが推察された.

結言
本研究では,第一原理シミュレーションを用いることで,金属内包シリカナノ粒子の生成機構を明らかにした.シリカ内での金属クラスターの凝集性が粒子の生成に影響を与えることが示唆された.また,金属のシリカ内包時と表面付着時のエネルギー比較から,金属種による内包率の違いについて考察した.金属内包シリカナノ粒子において,シリカ中の金属粒子の内包率を決定する因子として,シリカ中の金属クラスターの安定性が重要な役割を担うことが見出された.

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