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ケミカルヒートポンプについて

九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門

渡辺隆行

ヒートポンプは熱媒体(作動媒体)の移動を利用して低温熱源から熱を吸収して高温熱源に熱を移動させる熱機関です。ヒートポンプの基本的原理はカルノーにより1824年に発表されており、1852年にトムソンによって、空気を作動媒体とした開放型の実用的なヒートポンプが提唱されました。その後、冷媒を用いた密閉式のヒートポンプが開発され、現代の圧縮式ヒートポンプの原型が19世紀までにできました。当時は、化石燃料が安価のためヒートポンプシステムの加熱効果はほとんど利用されず、冷却効果を利用する冷凍機として利用されました。現代においてはヒートポンプシステムは、様々な形態のエネルギーを目的にあった熱エネルギーに合理的に変換する機関として利用されています。私達の周りにも様々なヒートポンプが稼働しています。例えばクーラーや暖房などの空調機器、冷蔵庫、給湯器、大きいものでは工場の排熱回収用のヒートポンプなどがあります。これら多くのヒートポンプは作動媒体の蒸発潜熱を利用する圧縮式ヒートポンプです。現在は化石燃料の枯渇が心配される将来に向けて、有効なエネルギー利用が必要不可欠とされ、新しいヒートポンプシステムの開発および利用が注目されています。

圧縮式ヒートポンプの作動媒体として今まで主にCFC(Chlorofluorocarbon)、HCFC(Hydrochlorofluorocarbon)のフッ素化合物が用いられています。これらフッ素化合物は安全で優れた熱力学特性を有していたため、1930年以前に多く用いられたアンモニアなどの自然冷媒に取って変わって急速に普及しました。しかし1974年に塩素を含んだCFCやHCFCがオゾン層を破壊する環境破壊の原因物質であることが指摘され、1989年から国際的な生産規制が始まりました。1996年にCFCの生産を禁止し、 2020年までにHCFCの生産を禁止することが国際的に決められています。その代替物質として塩素を含まないHFC (Hydrofluorocarbon)の開発が進められています。しかしHFCも地球温暖化物質として問題があるので、最近注目されているのがハロゲン化物を用いないケミカルヒートポンプです。

ケミカルヒートポンプは熱移動の駆動源に化学反応を用いるため、作動媒体の単位質量当りのエネルギー量が高く、また熱エネルギーを物質の形で蓄熱することができます。その中でも、有機化学反応系を用いたケミカルヒートポンプは、流体系のため熱の取り出しが容易で連続運転が可能です。この反応系では触媒反応を利用することが多く、触媒から反応物を分離することにより安定に貯蔵できるという利点があります。


我々が独自に開発したケミカルヒートポンプの解説

アセタール加水分解系ケミカルヒートポンプ
アセタール加水分解系は、アセタールと水を酸触媒存在下で混合して、アセトアルデヒドとエタノールの生成による吸熱反応を冷熱発生に利用するシステムです。

(C2H5O)2CHCH3 (l) + H2O (l) = 2C2H5OH (l) + CH3CHO (l)
ΔH= 31.0 kJ/mol

この反応系を用いて、280 K程度の冷熱発生をする熱駆動式ヒートポンプを提案しました。基本システムは、吸熱反応器、蒸留塔、再生器で構成されます。吸熱反応器では、触媒として陽イオン交換樹脂などの酸触媒を用いて液相中でアセタールを加水分解します。加水分解し終えた反応溶液は、蒸留塔で各成分から水を分離します。そしてアセトアルデヒドとエタノールを凝縮させた後、再生器で混合してアセタールを再生させます。

アセタール加水分解反応系の特徴は 283 K 以下の冷熱発生に液−液反応の反応熱のみを利用していることです。またアセタール加水分解反応系を熱輸送に用いた場合、水の蒸発潜熱を利用したシステムと比較して高い熱流量を得ることができます。しかし反応成分が4成分と多いため、反応媒体の再生に必要な分離操作のエネルギーコストがかかるので、蒸留以外の効率的な分離技術の開発が必要です。

 

アセタール加水分解系ケミカルヒートポンプのシステム図

詳細は以下の文献を参考にして下さい。

  • 渡辺隆行, 秋山直也, 神沢 淳:アセタール加水分解反応を利用した冷熱発生型ケミカルヒートポンプの提案, 化学工学論文集, 22(6), p.1415-1422 (1996).



パラアルデヒド/アセトアルデヒド系ケミカルヒートポンプ
アセトアルデヒドの三量体であるパラアルデヒドは酸触媒存在下でアセトアルデヒドに分解され冷熱を発生します。この反応式を右に示します。この反応は転換温度が355 Kなので、この反応は283 K程度の低温では進行しにくいと考えられます。この反応を低温で進行させるためには、反応により生成したアセトアルデヒドを気化し液相から除去する必要があります。アセトアルデヒドは標準沸点が294 Kと低いため反応系内を減圧下に保つことにより簡単に除去できます。このときアセトアルデヒドは相変化を起こし熱を吸収します。

CH3CHO (l) = CH3CHO (g)
ΔH = 26.4 kJ/mol-A

パラアルデヒド1 molからアセトアルデヒドのガス3 molを発生するので、パラアルデヒド1 mol当たり189.5 kJの冷熱を発生することになります。この冷熱を空調に利用することを我々は提案しました。


ΔH = 110.3 kJ/mol-Pa

パラアルデヒド/アセトアルデヒド系
ケミカルヒートポンプのシステム図

詳細は以下の文献を参考にして下さい。




イソブチレン/水/第三ブチルアルコール系ケミカルヒートポンプ 
イソブチレン/水/第三ブチルアルコール系を用いた冷熱発生は、イソブチレンの相変化熱を用い、駆動源に化学反応を用いるシステムです。

(CH3)2CCH2 (l) = (CH3)2CCH2 (g)
ΔH = 18.6 kJ/mol

     (CH3)2C=CH2 (l) + H2O (l) = (CH3) 3COH (l)
ΔH = -38.0 kJ/mol

この反応を用いた冷熱発生用ケミカルヒートポンプを提案しました。このシステムは蒸発器、反応器、再生器と凝縮器から構成されています。低温の蒸発器でイソブテンの蒸発潜熱を利用して冷熱を得ることができます。気化したイソブチレンを、反応器で触媒を懸濁させた第三ブチルアルコール水溶液に吸収させ、沸点の低い第三ブチルアルコールに変化させます。この溶液を再生器に送り、高温高圧状態で脱水分解を起して、高圧のイソブテンガスを再生します。このガスを凝縮器で室温程度に冷却することによってイソブテンを液化し蒸発器へ供給します。

このシステムの利点は、イソブテンと水の蒸気圧差が大きいため分離操作が容易であり、またイソブテンガスを蒸発させ凝縮させるまでの過程に圧縮機が不要という点にあります。蒸発器、発熱反応器、吸熱反応器および凝縮器の温度をそれぞれ、333 K, 358 K, 333 Kおよび 283 KにするとCOPは最大で0.4程度になります。また、このシステムを熱輸送およびヒートパイプへ適用することも可能です。

イソブチレン/水/第三ブチルアルコール系ケミカルヒートポンプのシステム図

詳細は以下の文献を参考にして下さい。

もっと詳しく調べたい方は,こちらの解説を参考にしてください。