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第1章 プラズマの定義と特徴

九州大学 大学院工学研究院 化学工学部門

渡辺隆行

1.プラズマとは

プラズマとは正電気を帯びた粒子と負電気を帯びた電子とがほぼ同じ密度で、つまりほぼ電気的中性を保って分布している粒子集団のことである。プラズマは荷電粒子と中性粒子とにより構成され、集団的ふるまいをする。気体にエネルギーを加えて気体中の分子を原子に解離し、原子をさらにイオンと電子に電離することによってプラズマをつくることができる。

プラズマが物理学に登場したのは1928年のことである。希薄気体放電管の陽光柱の部分をラングミューアがプラズマと呼んだ。プラズマという言葉はその後、物理学において広く使われるようになった。やがてプラズマが広い分野で重要な意義を持つことからが明らかになり、新しい研究分野として注目を浴びるようになった。この端緒を開いたのがラングミューアということになる。

プラズマが物理学に登場する以前にも、自然界にはプラズマがもちろん存在していた。宇宙全体で考えてみると、物質の99.9%以上はプラズマ状態である。例えば太陽は巨大なプラズマの固まりである。宇宙では地球のような冷たい固体のほうがまれである。ただし地球上ではプラズマ状態の物質はほとんどない。しかし人類にとって自然界におけるプラズマはオーロラや稲妻としてとても身近なものと考えることができる。我々にとってさらに身近なプラズマとしては、蛍光灯やネオンランプがある。

プラズマを実験室で安定につくったのは、1835年のファラデイである。その後、この電離気体が第4の物質状態であると表現されたが、まだ電離気体に対してプラズマという名称はなかった。1928年になってラングミュアがこの電離気体をプラズマと名付けたが、その由来は不明である。

このようにプラズマという名称の誕生は混沌としているが、プラズマの種類も多くあり複雑である。プラズマは核融合に用いる10億度の超高温プラズマからMHD発電に用いる3千度の燃焼プラズマまで様々なものがある。プラズマは温度と密度によって性質が大きく異なる。これらのプラズマのうち、工業界では熱プラズマと低温プラズマを用いて物質を処理している。

2.熱プラズマの定義

プラズマプロセスに用いられるプラズマは、主にプラズマ溶射における熱プラズマと、低圧中のグロー放電のような低温プラズマに大別される。このうち低温プラズマは電子温度は高いが、イオンや中性粒子の温度が低い非平衡プラズマであり、プラズマのパラメータを比較的制御しやすい。一方、熱プラズマは粒子密度が高く、イオンや中性粒子の温度がほぼ電子温度と等しいプラズマであり、プラズマを制御することが比較的難しい。

熱プラズマは大気圧下でのほぼ熱平衡状態にあるプラズマであるが、プラズマから輻射によって逃げるエネルギーを同じ機構で補うことを難しいので、厳密な意味での熱平衡状態は実現しにくい。ただし各粒子の温度がほぼ等しく、組成も平衡状態に近いプラズマを作ることは比較的容易であり、これを局所熱平衡状態(Local Thermodynamic Equilibrium, LTE)と呼んでいる。

熱プラズマを利用する場合には、大気圧近傍で発生するプラズマは熱プラズマとして扱い、LTEが成立すると判断することが多い。しかしプラズマを正確に把握するにはLTEの仮定の妥当性を確かめなくてはいけない。急激な温度または密度勾配がないこと、粒子衝突による励起が支配的であることなどがLTE状態であるための条件である。

大気圧下のプラズマでもLTEが成立しない報告例があり、熱プラズマにおけるLTEの仮定の妥当性は今後の重要な研究課題である。温度勾配や濃度勾配が大きい領域においては、再結合反応速度よりも拡散速度が速いので、2原子分子などの再結合反応が非平衡になる。また、境界層における熱プラズマ中の非平衡状態も重要なテーマである。熱プラズマ中で生成した活性な化学種は、プラズマ周囲や基板上の境界層においてその非平衡状態を保つことができるので、非平衡相や高温相を合成できる。プラズマを用いる材料プロセッシングは、この境界層での非平衡反応を制御することがキーテクノロジーとなる。


低温プラズマ

アルゴン/水素混合ガスの低圧における誘導結合型プラズマ。

大気圧非平衡プラズマ

誘電体間で発生した大気圧パルス放電。

熱プラズマ

アルゴン/水素ガスの大気圧で発生した直流放電アーク。


3.熱プラズマの特徴

熱プラズマの特徴は、電子のみならずイオンや原子などの重い粒子も高温度範囲にあることである。熱プラズマは通常は0.5気圧以上であるから、プラズマのエネルギー密度が大きく、被加熱物質を短時間で高温にすることができる。また化学反応速度は温度に対して指数関数的に増大するので、熱プラズマ中では反応速度が著しく大きくなる。これらの特徴を生かして、高温のみで進行する化学反応、高融点物質の融解・精製などの高温熱源として利用できる。

熱プラズマの第2の特徴は、熱プラズマ中に存在する電子やイオンなどの荷電粒子を活用できることである。これらを電子が関与する反応に利用でき、また電子やイオンは電磁場の影響を受けるので、外部からの電磁場によってプラズマ流をプロセスに応じて制御することができる。

熱プラズマの第3の特徴は、熱プラズマ中で容易に生成できるラジカルの存在である。電子の衝突によってラジカルなどの様々な活性種を容易に生成することができるので、ラジカル反応を利用した材料プロセスが可能となる。

熱プラズマの第4の特徴は、雰囲気を自由に選べることである。アルゴンを用いた不活性雰囲気、酸素を用いた酸化雰囲気、水素を用いた還元雰囲気などを自由に選択できるので、物質の処理には好都合である。さらにフロン分解に適した水蒸気を用いたプラズマの生成も容易である。燃焼反応を用いた高温プロセスでは、燃焼ガス中に生じる多くの化学種によって目的反応が阻害されるが、プラズマではそのような作用を避けることができる。

4.熱プラズマの組成

熱プラズマの組成はサハの式から求めることができる。電気的中性の条件および状態方程式を用いると、熱平衡状態にある電離度や、原子、イオン、電子の組成を温度と圧力の関数として求めることができる。例えば、大気圧で温度が10,000 Kのアルゴンの場合には、電離度はおよそ2 %程度である。熱プラズマの電離度は非常に小さいことがわかる。

大気圧アルゴンプラズマの場合には、15,000 K近傍でほぼ半分が電離し、この温度領域では2価や3価のイオンは無視することができる。20,000 K以上になって2価のアルゴンイオンが現れてくる。

2原子分子では解離反応の平衡も考慮しなくてはいけない。例えば酸素の解離エネルギーは5.1 eVであり、酸素原子は4,300 K程度で最大値を示す。水素の解離エネルギーは4.4 eVと酸素と同程度であり、水素原子は3,800 K程度で最大値を示す。窒素の解離エネルギーは9.1 eVと酸素や水素より大きいので、窒素原子の最大値は7,500 K程度に現れる。

5.熱プラズマの物性

熱プラズマを取り扱う上で、熱伝導率、粘性係数、電気伝導度などの輸送係数、およびエンタルピー、定圧比熱などの熱力学係数を知ることは重要である。これらは実験から求めることや、熱プラズマの温度と組成から理論的に解析することが可能である。

プラズマ中にはイオンや電子などの荷電粒子が存在しているので、それらによって物性値が大きく影響を受ける。荷電粒子間にはクーロン力が広範囲に働くので、衝突断面積が大きくなる。これは粒子の移動を妨げることになるので、電離が顕著になると粘性係数が大きく減少することとして現れる。また電離よって生じる電子の質量は非常に小さく移動しやすいので、単位時間あたりのエネルギー輸送量が大きくなる。これは熱伝導率の増加となる。

さらにプラズマ中で起きる電離反応と再結合反応も物性値に大きな影響を与える。高温領域で電離し、低温領域で再結合反応することにより電離エネルギーが輸送されたことになる。これは見かけの熱伝導率の増加として現れる。

熱伝導率は電子の並進運動エネルギーに起因するもの、重い粒子の並進運動エネルギーに起因するもの、内部エネルギーに起因するもの、解離や電離などの反応に起因するものから成る。気体の電離や解離が起きる温度領域では、熱伝導率は極大値を示す。通常のガスでは並進運動エネルギーによるものだけを考慮すればよいが、熱プラズマでは電離や解離反応が起きるとそのエネルギーが拡散によって輸送され、見かけの熱伝導率が大きくなる。LTEが仮定できる熱プラズマの場合には、この見かけの熱伝導率を用いることができる。

粘性係数は運動量の移動に関連した輸送係数である。電離が起きる温度以下では中性粒子の衝突が支配的なので、粘性係数は高温になるほど増加する。しかし電離度が大きくなるとイオンが運動量を運搬することになり、衝突断面積の大きい荷電粒子間の衝突であるクーロン衝突が支配的になる。よって電離が顕著になると、温度の上昇によって粘性率は減少する。よって粘性係数は電離が顕著になり始める温度で最大値を示す。粘性係数が最大値になる温度はアルゴン、窒素、水素では10,000 K程度であり、ヘリウムでは17,000 K程度である。熱プラズマとしてよく利用される温度である10,000 K程度における粘性係数は、常温の粘性係数に比べて10倍程度大きくなる。これは熱プラズマと他のガスの混合や、プラズマ中に固体粒子を入れることが困難になることを意味している。

電気伝導率は電子密度に比例するので、電離が起こり始めると電子が電流を運ぶようになり急激に上昇する。ヘリウムはイオン化エネルギーが24.6 eVであり、アルゴンの15.7 eVより高いので、電離度が小さくなり、電気伝導率が低い値を示す。アルゴン、水素、窒素の電離エネルギーは同じような値なので、電気伝導率も近い値を示す。またこれらのガスでは6,000 K以下では電気伝導率を無視することができる。ヘリウムの場合には13,000 K以下で無視することができる。また金属蒸気が混入することにより電気電導率は低温において特に大きく上昇する。他の輸送係数である粘性係数や熱伝導率は金属蒸気の混入によっって大きな影響を受けないが、超微粒子製造などの金属蒸気が熱プラズマ中に存在する場合や電極からの金属蒸気の蒸発がある場合には、電気伝導率の変化には注意が必要である。

熱プラズマ中のイオンと電子はクーロン力で引き合うので、プラズマ状態を保ちながら拡散する。この場合にはイオン−電子のペアと中性粒子の2成分拡散となる。このように電子とイオンが同じ速度で拡散する現象を両極性拡散という。LTEが成立する場合の両極性拡散係数は、電子が存在しない場合のイオンの拡散係数の2倍になる。つまり荷電粒子の拡散によって熱移動量が促進されることになる。

熱力学係数には内部エネルギー、エントロピー、エンタルピー、比熱、およびヘルムホルツ関数やギブス関数がある。これらの熱力学関数は分配関数と組成から求めることができる。

解離反応や電離反応が起きる温度領域では反応エネルギーが加わるために、エンタルピーは急激に上昇する。定圧比熱はエンタルピーを温度で微分したものであるので、解離や電離が起きる温度領域で定圧比熱は極大値を示す。窒素の定圧比熱では、第1のピークは7,600 Kで起きる解離反応、第2と第3のピークは14,500 K、30,000 Kで起きる電離反応に起因する。また解離や電離に起因する定圧比熱の寄与が大きい。

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もっと詳しく調べたい方は,こちらの解説を参考にしてください。