| ホーム | 渡辺教授 | 研究 | 業績 | 装置 | メンバー | 卒業生 | 学生業績 |
| 講義 | 学会報告 | 入学希望者 | トピックス | サイトマップ |

論文題目「Ar-N2雰囲気における線スペクトルと連続光を用いた二次元温度解析手法の確立」

竹本裕貴

1.緒言
 熱プラズマは高温,高エンタルピー,高化学活性,急冷効果といった特長を有しており,溶接,溶射,切断,廃棄物処理,ナノ粒子合成といったプロセスに応用されている.熱プラズマの温度はエネルギーなどの輸送現象に大きな影響を及ぼすため,プロセスの最適化のためには熱プラズマの温度場を明らかにする必要がある.
 プラズマからの発光を計測,解析することでアーク温度を算出する発光分光法がよく用いられている.従来では,波長分解能の高い分光器を用いて発光の計測が行われていた.しかし,測定対象が定常のプラズマにしか適用できないことから,優れた時空間特性をもつ高速度カメラによる計測が注目されている.高速度カメラと特定波長のみを透過するバンドパスフィルタ(BPF)光学系を組み合わせた計測手法がよく用いられており,この手法のほとんどが線スペクトルの発光のみに着目して温度の算出を行っている.高速度カメラによる計測は波長分解能が低く,線スペクトルのみに着目する手法では,連続光といった他の発光の影響で正確な温度が算出できない.
 本研究では,高速度カメラ観察において,より高精度な温度を算出するため,誤差要因となる連続光を考慮した温度解析手法の確立を目的とした.安価で工業的利用が期待されるN2と不活性ガスであるArの混合気体をプラズマガスとした直流アークを対象に実験を行った.

2.アーク温度解析手法
 アーク温度は10,000 Kを超える高温である.この温度域で主に観測される発光は線スペクトル(bound-bound emission)と制動放射(free-free emission)と再結合放射(free-bound emission)であり,本研究における温度解析では,この3種類の発光を考慮する.
 熱プラズマは放射によって散逸するエネルギーを同じ機構で補っていないため,厳密な熱平衡状態の実現は難しい.しかし,プラズマ中の粒子間の衝突頻度が高いことや粒子衝突による励起が支配的であるといった条件を満たすことで,各粒子の温度がほぼ等しく,熱平衡組成に近いといった局所熱平衡(LTE)を仮定することができる.アーク中はLTEが十分に成立するため,組成は熱平衡状態とみなせる.50vol% N2-50vol% Ar雰囲気で電離,解離反応が熱平衡状態であることを仮定して算出した.10,000~30,000 Kの温度域ではAr,Ar+,Ar2+,Ar3+,N,N+,N2+,N3+の粒子が支配的であることがわかる.よって,アーク中の発光種をAr,Ar+,Ar2+,Ar3+,N,N+,N2+,N3+とした.
 BPFの透過率は波長依存性を有しているため,各波長における発光強度の計算結果に対し,BPFの透過率を乗算し,波長に対して積分して得られた全発光強度(理論発光強度)を計算した.異なる2波長における理論発光強度で比を取ることで,発光強度比と温度の関係(理論曲線)が得られる.高速度カメラを用いて発光強度比を測定することで,理論曲線からアーク温度を算出することができる.本研究では20,000 K近傍の高温場に着目するため,Ar+,N+の線スペクトルが観測される波長に注目した.BPFの透過波長は436 ± 5 nm(Ar+),460 ± 5 nm(Ar+,N+),480 ± 5 nm(Ar+),500 ± 5 nm(Ar+,N+),568 ± 5 nm(N+)の5つを選んだ.選んだ5波長から得られる相対強度の組み合わせは10通りである.最も温度計測に適した波長の組み合わせを決めるため,理論的な温度誤差を考慮し,誤差が最小となる組み合わせを選んだ.

3.理論的な温度誤差の検討
 温度誤差は理論発光強度と測定した強度とのずれΔεによって生じる.ずれの原因として測定機器のノイズやアナログな発光強度をデジタルに変換することにより生じるずれ(量子化誤差)などが考えられる.温度誤差ΔTerrorは相対強度をとる際の分子側,分母側の発光強度のずれΔε1,Δε2の一次近似で表せる. r(= ε1 / ε2)は相対強度,T = f (r)は理論曲線,εiは理論発光強度を示す.β = 1/(kBT)で表される逆温度を合成関数の微分法を用いて式を整理すると, 分子の項は測定強度のずれの割合の差であり,実験精度や測定条件に依存する.分母の項は実験精度や測定条件に依存する変数が含まれておらず,波長の組み合わせのみで定まる.よって,分母の項に着目し,分母の絶対値が大きくなるほど,温度誤差の絶対値が小さくなることから,(-d lnεi / dβ)の差が大きくなる波長の組み合わせを選ぶ.50 vol% N2-50vol% Arのときの(-d lnεi / dβ)を計算すると.20,000 K近傍において,(-d lnεi / dβ)の差が大きく,曲線が交わることのない500 nm-568 nmの組み合わせがよいことがわかる.
  ここで,(-d lnεi / dβ)の差を考慮することの物理的な意味を明らかにするため,相対強度法の中で最も簡単である2線のBoltzmann plot法に適用してみる.2線のBoltzmann plot法は同種同状態の異なる波長の線スペクトルの強度比から温度を算出する方法である.同種同状態であるとき,数密度N(β)と分配関数Z(β)は異なる線スペクトルでも等しくなるため,(-d lnεline / dβ)の差は上準位の励起エネルギーの差に相当する.Boltzmann plot法において上準位励起エネルギーの差が大きいほどは温度の精度が向上することは知られている.相対強度法において(-d lnεline / dβ)の差を考慮することは,Boltzmann plot法において上準位励起エネルギーの差を考慮することを一般化したものであると考えることができる.(-d lnεline / dβ)はエネルギーの次元を持つことから,以後のエネルギーファクターと呼称する.

4.実験方法
 本研究で用いた直流アーク発生装置は,水冷銅陽極とタングステン陰極との間にフリーバーニングを発生させている.陰極には電極径6.0 mmの2wt% La2O3添加タングステン電極を用いた.実験装置の設計上,タングステン陰極は水冷銅陽極に対して60°傾いており,電極間距離は10 mmとした.プラズマガス雰囲気は100vol% Ar,30vol% N2-70vol% Ar,50vol% N2-50vol% Ar,70vol% N2-30vol% Arとし,それぞれの雰囲気において電流値を100,150,200 Aと変化させた.
  高速度カメラで2,000fpsの速度で撮影を行い,8bitの画像で解析を行った.高速度カメラで測定される強度はアークの発光を線積分した強度である.よって,高速度カメラより得られた発光強度を空間分解する必要がある.アークが軸対称であることを仮定し,Abel逆変換を行うことで空間分解した.ノイズの影響軽減するため,Abel逆変換を行う前に,アークの半径方向に対して平均化処理を行った.その後前述したアーク温度解析を行った.

5.結果と考察
 50vol% N2-50vol% Ar雰囲気において,480 nm-500 nmと500 nm-568 nmの組み合わせでアーク温度を測定した.電流値の増加とともに最高温度が22,000 Kから25,000 Kまで増加した.また,高温部分の面積が大きくなっている.これは電流値の増加とともにジュール加熱が増加したためである.
 電極から軸方向に1 mm離れた地点での半径方向の温度分布において,500 nm-568 nmの組み合わせによるアーク温度は480 nm-500 nmの組み合わせと比べ,アーク中心において変動が大きい.このことは200 Aの条件からも明らかである.このばらつきはエラーバーに収まっていることから,量子化誤差の影響であると考えることができる.量子化誤差の影響は波長依存性がない.また,エネルギーファクターの差の影響が大きいことがわかる.20,000 K以上では,温度の増加とともに,500 nm-568 nmの組み合わせはエネルギーファクターの差が小さくなる.20,000 K以下では温度の減少とともに,480 nm-500 nmの組み合わせはエネルギーファクターの差が500 nm-568 nmよりも小さくなっている.この影響がばらつきに表れており,480 nm-500 nmの組み合わせは17,000 K以下で,500 nm-568 nmの組み合わせは23,000 K以上でばらつきが大きくなっている.また,このばらつきが量子化誤差のみに起因している場合,量子化誤差を小さくすることでばらつきを抑えることが期待できる.本実験では8bitの画像で温度解析を行っているが,12bitの画像で解析することで,量子化誤差を16分の1にすることができる.

結言
 高速度カメラとBPFを組み合わせた温度計測において,従来の方法では誤差因子となりうる連続光を考慮した相対強度法を用いて精度向上を図った. エネルギーファクターは2線のBoltzmann plot法による温度計測において考慮されていた上準位励起エネルギーを一般化した因子であり,差が大きな波長の組み合わせであるほどより誤差の小さい温度解析が可能である. 温度計測実験を行うと,温度分布のばらつきがみられた.その原因は量子化誤差の影響で説明できる.量子化誤差の影響の大きさはエネルギーファクターの差に大きく依存し,エネルギーファクターの大きくなるほどばらつきのない温度計測が可能であることが実験的にもが明らかになった.


The 12th Asia-Pacific International Symposium in the Basics and Applications of Plasma Technology
Best Paper Award

(2021年12月)

「Arc Temperature Measurement Method with High-Speed Camera Considering Line and Continuum Emissions in Ar-N2 DC Arc」
 
25th International Symposium on Plasma Chemistry
Gold Medal of Oral Presentation Award
(2023年5月)

Effect of Doped Oxides on Cathode Erosion in Nitrogen Free Burning Arc

  
  
 プラズマ・核融合学会 第39回年会 プラズマフォトイラストコンテスト 優秀賞(銀賞) (2022年11月)
「アルゴン+メタン雰囲気におけるロングDCアークの高速度スナップショット」   


国際学会

国内学会